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百景図よもやまばなし

第90図 横田の渡船場の別れ

90船は多くの出会いの

喜びを演出してくれるが、

別れの寂しさも然りである。

喜びが大きければ

大きいほど、哀しみも

大きなものとなる。

この渡船場の別れも、何とも切ないドラマを感じさせる。この別れは一体何だろうか?

手前で大きく手を振るのは歳を取った父とその息子だとすると、

船に乗って別れていく相手は誰だろう。

「船に乗っているのは、嫁にやる娘だよ。真ん中に立つのは白無垢姿だよ」

「いやいや、遠くに奉公に出す娘との別れだよ」

と、この絵を見た人たちが想像を巡らせる。

確かにそれほどのつらい別れはない。

先日、何とはなしにパソコン画面でこの絵を大きくして見て気が付いた。

なんとこの船に乗っている一番右端の人物、座っているのは男性で、赤ん坊を抱いているのだ。

してみると、生まれた子供と若い旦那を連れ、今まで実家に里帰りをしていたのではなかろうか。

手を振るのは、初孫のおじいちゃんとおじさんになった二人だ。

孫は目に入れても痛くないという。「風邪をひかすなよー。又帰ってこいよ。」

そんな声が聞こえてきそうである。久しぶりに実家に帰り、里の温かさに抱かれた娘さんも、

今また嫁ぎ先の姑の待つ家に戻らねばならない。

舟は静かに川下に流れて行き、お互いの顔も分からぬくらいに遠く離れていくのであった。

以上、若しかしたら私の単なる妄想かもしれない。

因みにこの川向うへ立つお寺、横田にある浄土真宗本願寺派の「正法寺」だろうといわれている。

この寺には1866年6月16日、石州口の戦いに出た大村益次郎率いる奇兵隊1300余名が、

宿泊したと記されている。その日は扇原の関門で、かの有名な岸静江国治が戦死した日だ。

 後日談 子どもを見せに里帰りという考えは、やはり甘いのではないかと思うようになった。

     いかにも今日風である。嫁にやった娘は、そう簡単には里帰りはできない時代である。

     当時は親が結婚式についていけるものではなく、自分の家を出れば今生の別れとなる。

     そう考えると嫁にやる別れの方が、このシーンにはぴったりする。