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百景図よもやまばなし

【2周目】第12図 藩侯館前 【ITで今百景図1】

 みなさん、ごきげんよう♫

 「百景図よもやまばなし」を唐突に再開します。2周目は、第1図から順を追うのではなく、その時々や催し物に合わせて執筆したいと考えています。
 再開1回目は第12図の「藩侯館前」です。

 先だって、津和野城のVRがサービス提供開始となりました! 
 サービスを利用するには、「まちかどをミュージアムに!ストリートミュージアム」というアプリをダウンロードして、現地のVRポイントにお越しください。スマホやタブレット越しに、江戸時代の津和野城は立ち現れます…。

 下の方にiOS版とAndroid版のダウンロードURLを貼っておきますね。

 津和野城は明治7年(1874)にとり壊されてしまい、現在は石垣や空堀、竪堀などの遺構が残るのみ…。ですが、城は城郭建築だけが城ではありません! と声を大にして主張したい。
 石垣などの遺構がほぼ残っているお城はとても珍しいんです。とても希少です。

 現在は近世山城の高石垣(本丸と出丸)をいわゆる「津和野城」としていますが、明治維新までの「城」はもっと広範囲です。お城山(霊亀山)全域には空堀、竪堀、曲輪などの防御設備が施され、本丸を中心に北は永明寺、南は鷲原八幡宮くらいまで。
 さらに麓に御殿がありましたが、外堀、内堀(津和野川)で守られていて(いわゆる丸の内)、ここも津和野城だったわけです。 

 そうです。津和野城は私たちが想像する以上に、エリアは大きかった…。
 中世山城としても近世山城としても、規模は日本一! と称されるゆえんです。

 VRで再現したのは、もっとも城らしい姿を示す本丸部分と、麓の藩侯館(御殿)です。本丸は天守閣があった江戸時代の初めの様子を、藩侯館は嘉永の大火(1863年)後、再建された幕末を描いています。
 お城に向かって最初のVRポイントともいえます。この場所からは幕末の御殿と、江戸時代初めの三本松城が同時に見えます。これは江戸時代初期の津和野の人も、幕末の人も見たことがない景色ですね。VRならではの景色です。(続く)

 VRを利用するには、スマホ・タブレットへアプリをダウンロードしてください。

 

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